①ラトケ嚢胞とは
胎児の時に、下垂体前葉のもととなる「ラトケ嚢」という組織があります。通常、下垂体が作られた後にはラトケ嚢の不要な部分は縮小してほとんどなくなってしまいます。この本来なくなるはずのラトケ嚢の一部が下垂体前葉と後葉の境界付近に残り、袋状になったものがラトケ嚢胞です。
②ラトケ嚢胞の特長
・ラトケ嚢胞が存在しても、後に示すような症状を呈して治療が必要となるのは10%程度と言われています。
・多くは正常下垂体の前葉と後葉の間に成長し、周囲にある視神経や視床下部などを圧迫することがあります(図1)。これらの大切な構造物へ影響がおよぶと症状が出現したりホルモン異常をきたしたりします。
①原因
前に示したような発生の過程を経て、本来なくなるはずのものが一部残ることが原因ですが、それが存在していてもラトケ嚢胞が生じる人とそうでない人がいる根本的な原因は分かっていません。
②症状
嚢胞が大きくなると、下垂体や視神経、視床下部を圧迫し、それらの働きが妨げられるために起こる症状がみられます。
・視床下部、下垂体の異常による症状
ホルモン調節の中枢である下垂体(図2)や視床下部の近くにできる腫瘍であるため、体の中のホルモンが足りなくなり、様々な症状を引き起こします。
甲状腺刺激ホルモンや副腎皮質刺激ホルモンが足りなくなると、元気がなくなり、疲れやすくなったり、基礎代謝が悪くなって肥満になったりします。また、抗利尿ホルモンが足りなくなり「尿崩症」という尿が大量に出る症状もみられます。
・視力・視野の症状
視神経が腫瘍によって圧迫されると視力が悪くなり、視野が狭くなります。視野は両眼の外側(耳側)が見えにくくなることが多いです。
ラトケ嚢胞では、嚢胞を同定するための画像検査(CTやMRI)が行われます。また、ホルモン分泌の障害を併発することも多いため、血液検査や尿検査にて各種ホルモンの血液濃度を測定したり、負荷試験などを行ったりします。また、視力や視野の異常を伴うこともあるため、これらを評価する眼科での詳しい検査も必要です。
症状がでなければ手術をしなくてもよいことがあります。症状がない場合、手術をせずに定期的に画像検査を行って嚢胞の状態を観察していきます。手術を行う場合には、鼻の穴からアプローチして脳に直接触れずに腫瘍を摘出できる経鼻内視鏡手術(頭蓋底センター)を行います。手術では、嚢胞の壁を一部切り取り、嚢胞内容液を排出したのち、嚢胞の中をよく洗浄することを行っています。
①手術治療・その後の流れ
ラトケ嚢胞の治療の流れを図3に示します。手術を行う場合、手術のための入院期間は約2週間です。術前検査として1~2日間、手術後、通常翌日から歩行可能となり、適宜ホルモン検査や画像検査を行って、術後10日間程度で退院です。その後は定期的に外来通院をしていただきます。
②再発について
手術を行い、嚢胞が小さくなって症状が改善しても、手術を受けた患者さんのうち10~20%の方で嚢胞が再び大きくなると言われています。ただし、嚢胞が大きくなって再発しても、全ての方が手術を要する状態にはなりません。
ラトケ嚢胞が発生する場所に脳を経由せずに到達できる経鼻内視鏡手術を軸としてラトケ嚢胞に対する手術治療を行っています。当科では2008年から脳神経外科・耳鼻咽喉科で構成した経鼻内視鏡手術チームを結成し、手術を行っています。近年は、年間70例程度、経鼻内視鏡手術を行っており、治療症例数、治療成績の点で、本邦で有数の施設となっています。
当院において、症状が出現して手術を受けたラトケ嚢胞の患者さんは、2008年から現在までの期間で30人の方がいらっしゃいます。28人の患者さんは手術後に嚢胞が小さくなり、症状が良くなったまま経過しています。2人の方で再び嚢胞が大きくなっていますが、幸い症状が出現することはなく、再手術を行わずに定期的に外来に通院していただいています。
当院では、大学病院の特性を活かし、ラトケ嚢胞の治療を診療科の垣根を越えた医療チームで行っています。(頭蓋底センター)
・ラトケ嚢胞の手術治療は、耳鼻咽喉科との合同チームで経鼻内視鏡手術を行っています。当院では、鼻内操作は耳鼻咽喉科医が、頭蓋内操作は脳神経外科医が行い、それぞれお互いの知識と経験を生かし、安全かつ確実な手術を行っています。
・ラトケ嚢胞の治療として、手術のほかにホルモンバランスなど内分泌機能を評価・維持することも大切です。内分泌内科と連携し、手術前に専門医による内分泌機能評価を行い、手術後も必要に応じて適切なホルモン補充を行います。
・前にお示ししたように、症状を呈して手術を必要となるラトケ嚢胞は少数ですし、手術後に再び嚢胞が大きくなったとしても症状がでなければ手術をしなくてもよいことがあります。手術をせずに綿密なフォローアップをさせていただく選択肢も含めて、一人一人の患者さんに最適な治療を行うことを心がけています。
本疾患の脳神経外科 担当医師は
外来受診については、慶應義塾大学病院のホームページ内の「初めて受診する方」に詳細をお示ししておりますが、「予約制」「紹介制」をとらせていただいています。
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